きのうFB記事に添付した写真を見てしみじみ(なので、こちらにも写真貼り付けます)。
これは2年前の5月新宿中央公園。写真はちょうどぽれぽれダンスの時だからきゃべつのみんなが写っていないけど、反対側に30人くらいいる。あと親御さんたちやホームレスや関連スタッフで100名くらいかな☆まさに平和運動だったね!
写真見ると、すでにゆうそうくんと澤井君が写っている!最近の彼たちとのダンス三昧の流れを見ると妙に心に沁みる。この出会いも運命ね♪
いまの路地メンバーも全員いるね!当時は路地テアトロはまだなかった。
芸術活動としてあらためて歩き出した「ふしぎな友達プロジェクト」だけど、こういった活動は、ちょっと参加して続かない人も多い中、みんなよく続けていると思う。素敵な大人が増えていてうれしい。
路地テアトロもテアトロ内外でこれからも活躍すること間違いなし!
ふしぎな友達プロジェクトは一般認知のために「社会活動」と言っていましたが、8月1日のきゃべつ畑主催のランチショーを機に「芸術活動」と声をあげていきます。
なによりこのなんともいえずどんよりとしてしまっている「日本?」・・・といわずとも「社会」・・・周囲の大人たち・・・・
仲間のみんなの笑顔が世の中に光を当てていくだろう。
みなさんも、遠巻きに見ていないで、命の炎を一緒に燃やしましょうよっ☆
さてさて、此処からはブログ文
毎日発見と感動・・・そして反省・・・時に怒り・・・・あります。そりゃ普通の人ですからアタシも♪
東田直樹君のhttp://blogos.com/outline/123232/
この記事には、ほっとした。わたしもそうだ。ずっとそうだ。
どこまで「うわべ」が必要なんだろう。または、どこまでは、実は「うわべ」の領域ではないのだろう。。
ひととひとが付き合ううえで、このくらいは「ウソ」が必要とか、このくらいは「妥協」しても妥協の内に入らないとか・・・
上手くいくにはしょうがないとか・・・・ホントにそうなのだろうか。
世の中はそんなに軽くまわっているのだろうか。「繋がり」「絆」など、言葉だけが横行してしまっていて、
そのわりには、みんななんだか病んでいる。依存している。
昨日見たダライ・ラマ14世の映画に出て来る子供たちは、貧しくても親と離ればなれでも、スゴク心が豊かだった。瞳もキラキラしていて、生き生きしていた。
小さいうちから社会のこと国のことをしっかり考え、教育の大切さを知っていた。
並行して流れる日本人のインタビューは真逆でうすら寒いものだった。
どうして、物質や家族に「恵まれている」ひとは、なにかそれがあたかも優越感のバロメーターになっているのだろうか。たしかに、この国では、物質や家族に恵まれていないと、生きづらいということもある。それだけ社会が未熟だなのだろうが・・・・
一方チベットの人たちは、血縁がなくてもそんな境界線がなく幸せそうだった。
貧しさや政治的不幸とかからしか「心の豊かさ」が生れないならば、なんてつまらない人間の身心構造なのだろう。
わたしが何十年も前に心理学に興味をもったのは、そもそもこういった世の中の現状に疑問を抱いたからなのだけど。
20年以上前にダライ・ラマの講演会に出席した時、参加していたヒーラーたちの質問に辟易したけど、映像で見る限りいまなお同じような質問をしていることに驚いた。何も成長していないんだ。。。。そういえば臨床心理のワークショップ(アメリカ人の講師)に参加した時も、参加者がほぼ全員カウンセラーやヒーラーだったけど、グルプワークでそれはそれはみんな病んでいて、怒りと不満を抱えていて、わたしは怖くなってしまった。わたしは自分のことをずっとヘンだと思っていたけどよっぽどマシだった(笑)。
わたしたちは、一見豊かであるために、自分で出せる答えさえ、自分で考えずに人に聞いたりネットで調べたりするんだね。。。そういった類の質問に(ホントにひどい質問だった。せっかくダライ・ラマに質問できるチャンスをもらっているのに)、
彼はほとんど「わかりません。」と答えていた(爆!!!!
ここが抜きんでて素晴らしいところだね。
科学もなにもかも進んでいるにもかかわらず、日本人は心が弱っているようだと、14世も言っていた。
わたしは芸術的な意味で神秘主義だったけど、もっともっとリアルな世界で生きてみようと思った。
そこには、建て前も本音も打算もないだろう。リアルなんだから(笑)
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