路地テアトロ批評

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2023年7月30日 路地テアトロ

観客10人程度の極狭スペースでの舞台鑑賞は、おおいなる興味。普段はひびきみかの身体表現パフォーマンスで至近距離での1時間ほどのパフォーマンスに自分のすべてが舞台にゆだねられ、我に返った時は、幕が上がっていることが多い。

さて今日の演目は何とドストエフスキーの短編「おかしな人間の夢」をモチーフとして身体表現の構成をしたと聞いていた。

ドストエフスキーの名作品のエッセンスを交錯させながら、読者を混乱へと招いていく作品である。ひびきみかの脚色、1時間の舞台構成で表現する身体。一言で言うなら不条理劇そのものである。60年代不条理劇は世界中に登場している。わが国でも別役実作品を中心に熱狂が繰り広げられていた。不条理劇はその根幹にある社会的バックグラウンドは外すことはできないが、演劇そのものの芸術性確立の立脚点になったことは確かだ。そもそも演劇舞台は大ホールなどでやるものではない。せいぜい200人以内の小屋で時間をかけて何度も上演し文化的価値を積み重ねることに芸術的存在を自負できるのである。そもそも反合理主義、反近代主義をもった主張が不条理劇の所以だと考える。今回の路地テアトロ公演は、黒幕で縦に3分割された奇抜な舞台、客席は4人づつ3列、センターよりに位置し、常に演者を注目しているのだ。

暗転の中、壁に映し出された美少年の目が横一文字に行ったり来たり・・・20秒くらいの動画が終わると舞台センター奥にひびきの顔がピンスポットで浮き出る・・・聞こえてくる鳥の声、水流、ドアのノック、開錠音、靴音の中をどこかおかしな人間が奇妙なセリフを語る・・「おれはおかしな人間だ・・・」そして狂言風の足取りで舞台を行ったり来たりしている。奇妙な質問やわけのわからない言語を述べながら、幕の後ろを行ったり来たりしている。ここは日々の暮らしを表現していることはすぐに気づく・・・。時を刻む音が鳴り出すとやけにせわしない空気の中で日々のむなしさが伝わってくる・・・。このリフレインを何度か繰り返すごとに舞台の熱気がどんどん重なってくるのだ・・・・・・ひびきが脚色したボタン雪のダンスは圧巻だった。椅子からゆっくり転げ落ちその身体の軸がぶれることなく舞を構築していく。身体表現のひびきならではの構成だと感動に値した。そして踊のキャリアで培った美しい背中の筋肉は十字架の姿態を作り上げて舞台奥にフェイドアウトしていく。そして舞台は終わるのだが・・・舞台が再び明るくなと・・・ひびきが登場し不条理を語る・・・・・

「わたしはいま、自分一人のためにはなしています・・・」突然暗転・・・大音響のカルメンの前奏曲が鳴り響いてこの日の舞台が終わった。

ひびきみかの身体表現による別役実もまねできない不条理劇舞台を堪能。

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