数日前、知り合いの高校生が出演している高校演劇を観に新潟に行ってきました。
わたしは、舞台芸術に転向した当初から高校演劇出身の方々にお世話になっているので、なんとなく他人事と思えない感覚があります。主に、受付などの裏方スタッフをお願いしていたのですが、それはそれは素晴らしいお手伝いぶりで、
「スタッフに恵まれていますね。」と、評論家の先生方にも褒められたことがあります。スタッフに恵まれている公演は良い公演だからです。誇らしかったです。
さて、今回は三年ほど前に市民ミュージカルの振付をさせていただいた時に知り合った女の子(当時は中学生)が出演するので、ワクワクしながら出かけました。
作品は「洪水のあと」なんと東京の高校の先生の脚本でした。
そして、彼女は・・・主役でした!!!!
頑張り屋なのは知っていたので、絶対に良いとは思っていましたが、その予想をはるかに超えた出来栄えで、
思わず泣いてしまいました。芝居の世界に惹きこまれたのです。
「これはまずい。号泣しそうだ。」と、隣にいる彼女の親御さんにわからないように(;’∀’)涙をほんの少しにこらえ、そっとハンカチで拭いていたら、今度は、不意を突かれ、笑わせられました。
観客を泣かせ、笑わせる・・・これは役者としてかなりレベルが高いと思います。
わたしは踊り手ではありますが、≪演劇≫という表現スタイルに大変興味を持っています。
自分が、素晴らしい本や絵画に出合いインスパイアされたときに
「芝居だったらできるのにな。」と≪芝居≫という表現スタイルに嫉妬さえ覚えるほどです(笑)
わたしも10作品くらい芝居や映画に出演したことがありますが、やはりわたしは≪踊り手≫で、言葉のない世界に住んでいます。
しかし、芝居の経験も少しだけあるので、演じ手のこともちょっとわかります。
脚本も好きでした。この脚本を選んだのも、その彼女だったようです!
社会的なテーマで、とても良かった。
脚本の良さがひしひしと伝わってくるというのは、みなさんの演技がいいからだと思います。
踊りもそうですが、表現者が無理な演技をしなければ、素人だろうがプロだろうが、観客に伝わるものはあるのです。
少しかじっていると、芝居してます的な演技をしがちですが、この高校のみなさんは、そういういやらしさも全くなくて、お芝居の世界に観客を惹きこんでいたと思います。
他の学校の作品は、時間がなくて見れなかったのですが、≪高校演劇≫の可能性を感じました。
彼女の個人的な頑張りは、本人のお話を聞かなくても感じ取れます。
でも、実際のプロセスを少し聞けたことも良かった。
この脚本を選んだ感性もすごいと思うし、出ずっぱりの役のセリフを覚えるのも大変だったと思うし、
セリフをこなしているだけではなく、
セリフがないときの演技もちゃんと創りこんでいてホントに頭が下がりました。
しかも!男の子役だったのですよ!知らなければ男の子だと思ったと思います。そう思っている観客も多いと思います。
にもかかわらず過剰な表現もなく、コントロールされていて、まるでプロでしたよ!
なかなかいいなと思うお芝居ってありそうでないものですから、
わたしはこの日、本当にしあわせいっぱいで帰路に着いたのでした。たくさんインスパイアされました。
また見たい!と思いました。
東京でも見たい!
ステキなお芝居をありがとうございます。
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